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⚫⚫そのまんまのゆかの場所⚫⚫~看取り士ゆかのブログ~

●○●私の1番の理解者はいつも私自身●○●

【おばあちゃんの看取りの思い出(もう20年くらい前の話)】

私昔おばあちゃんと一緒に住んでたの。
中学生くらいまでかな。
母がお家でずーっと看てた。

最期まで。

ちょこちょこ病院に入院したし
通院はしょっちゅうしてた
おばあちゃんだったけど
どの先生にもすごく好かれる
おばあちゃんだった。


『こんにちはー五十嵐さん!元気かい?』

って病院の先生に聞かれると、
ニコニコしながらいつも話すおばあちゃん。
そんなおばあちゃんの通院にすら
着いていくのが大好きだったわたし。


おばあちゃん、着いていくと
いくもジュース買ってくれてたから。

珍しいタクシーにも乗ることができたから。

何より五十嵐さんのお孫さん優しいねー♡
って先生方に言われるのが嬉しかったから♪


私はそんなおばあちゃんが
とても大好きだった。


それでも日に日に弱っていくのも私も分かってて
でもあたしはおばあちゃん大好きだったから、母のお手伝いしてご飯食べさせてあげたりしてた。


学校に出かける前は、
『おばあちゃんいってきまーす!』
って声をかけて、手を握ってから行ってた 。

そーすると、
『ゆかちゃん、気をつけてね。また待ってるね。』
っていつも言ってくれてた。


お家から帰ってくると
『ただいまー!』ってまた
手を握りに行く。



おやすみする時も、必ず手を握ってた。


どんなときもニコニコしてるおばあちゃん。
握り返す力は最期まであったょ☆



そんなおばあちゃんと私。




最期の方は、おばあちゃんも寂しさからか
夜中に『ゆかちゃーん、ゆかちゃーん』って
呼ぶようになった。


壁をはさんだ向こう側で寝ている
おばあちゃんが呼んでる。



会いに行ってあげたいなーって思いながらも
でも学校もある私は、
うるさいなーーーって
心の奥底では感じてしまうのも事実だった。



それでももちろん出かける時は、
手を握ってから出かけてたけどね。





あるとき、学校から帰ると
かかりつけの先生とお母さんが
そろって階段から降りてきた。


当時、母には若干反抗期だった私。


顔合わせてすぐに母は私に言う。

『お願いがあるんだけど。。』





『自分でやればいいぢゃん』

って私は言いながら、階段をのぼって
いつものようにおばあちゃんに会いに行く。






でも.......



そう。

おばあちゃんは息をしてなかった。





そこで初めて、母のお願いの意味がわかった。
涙が止まらなかった。



出かける前、いつものよーに笑ってくれて
いつもお同じよーに手を握ってくれたじゃん!
昨夜もいつものよーに
『ゆかちゃーん』って呼んでくれてたじゃん!



なんで?なんで??なんで???って。



なんか悲しいとかもあったけど

もーおばあちゃんの笑った顔を
見ることができないこと

これ以上手を握りながら
行ってきますって言えないんだってこと

おばあちゃんにヨーグルトを
食べさせてあげれないこと


今まで当たり前にやってたことが
死んじゃうと何もしてあげられないってことが
寂しくてしょーがなかった。


なんとなく弱ってくのわかってたけど、
実際に死んじゃったおばあちゃんを見て
寂しくてしょうがなかった。



おばあちゃんといて
楽しかったこと、嫌だったこと
色々なことが頭に浮かんできて、
涙が流れてくるたびに
おばあちゃんに

『ありがとう!』

っていつものように手を握りながら声をかける。


笑いもしない、
もうあたたかくないおばあちゃんの手。




さっき母にかけた言葉が
ハッと頭に浮かんだ。



『お願いがあるんだけど。。』


お母さんの元に戻る。





『何してくれば良いの??お願いって何??』



母は市役所に行って死亡届を
もらってきて欲しいって言った。



泣きながら取りに行く。


でも外で泣いてるのは自分だけ。


周りの人は、至って普通の日常を送ってる。


私がなんで泣いてるのかなんて
わかんない。知らない。


人の死って、家族や知り合いには
こんなにも悲しいできごとだけど、
他人にはなんてことないんだなー
知ったこっちゃないもんなーなんて
その時に世間の冷たさをなんとなく
感じてしまったんだ、私。




役所で聞く『ご愁傷様です』
にすら冷たさを感じた。




でもね、今は思う。
私自身が一番、
他人に対して冷たかったのかなって。
てか他人に対して興味をもつのが
怖かったんだなーって。
迷惑なんじゃないかって。
色々なことを世間に対して感じてて、
だから周りもそーであるんだって
私の世界観を周りに移してた。


人それぞれの価値観があるって
わかりながらも、でも人の価値観なんて
自分と違いすぎて理解できないから
結局自分のフィルターを通して
周りを観察する。



『ご愁傷様です』
市役所て心を込めて言ってもらえたら、
私の心は救われたのかな。


市役所で、職員の目の前で、
泣くことを赦されてたら
どれだけあたたかい気持ちになれたんだろう。


もしかしたら本当は温かい言葉を
かけてくれてたのかもしれない。

もしかしたら本当は目の前で泣くことも
赦されていたのかもしれない。


ただ私がそれを素直に受け取る
自分の器が無かっただけなのかもしれない。

素直に泣いてもいいって、周りの人に
甘える勇気がなかっただけかもしれない。




でもそんな当時はそう感じてしまった
事務的にかけられた言葉。


言わなきゃいけない言葉だから
とりあえずかけた言葉。


たぶん自分もたくさん今までやってきたと思う。
恥ずかしいしね。
そーゆーの、心を込めるのって。


でもさ、そーゆー言葉に
自分の心を込めて言える人って
すごいあたたかいなーって思うの、私。



そしてそーゆー人に本当に救われてきたと思うの、私。



おばあちゃんもその中の1人だったしね。



私も無理にやることなんてもちろんできないし
思ってないことを言うとかじゃなくてさ、
心から出たあたたかい言葉を
かけてあげられる人になりたいなーって
思うんだー。



形式的に言わなきゃいけない言葉も
もちろんあるけども
それでもただ言うだけじゃなくて、
経験から得た大切な感情をこめて
なんかあたたかく言ってしまう



そんなのいいなーって思う。

そんなのすごい素敵だと思うんだよね。




最期に

おばあちゃんの葬儀の時に足が痺れながらも
初めて真剣に聞いた【般若心経】に
なんとなく心を打たれた私。


なんでかこの部分を見て
死を納得したんだよね。



無眼耳鼻舌身意無色聲香味觸法無眼界乃至無意識



どこで切れるべきなのかもわからないけど
とりあえずこんなところ。


目も耳も鼻も舌も身体もない
味も香りも感じず触れることもできない
意識すらない



もちろん本当の意味は違うかもだけど

当時の私は死ぬってことを般若心経を見て

そう感じ取った。



今改めて般若心経について調べてみたら
面白いもの見つけたからシェア。
現代風ラップにして、般若心経を訳してるヤツ。


https://matome.naver.jp/m/odai/2136257773758613101



けっこうわかりやすいし面白い!


私自身、仏教とか全然興味なかったけど
ブッタの教えってすごいのかも!って
思っちゃった。


そんな私、看取り士の勉強中です。

看取り士とはこれです。

http://mitorishi.jp/


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こんなおばあちゃんのエピソードがあるから
今施設での看取りにもついつい力が入ってしまう私。


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