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♡ありのままのゆかでいい♡~看取り士取得に向けて勉強中~

●○●私の1番の理解者はいつも私自身●○●

看取り士に出逢えたこと

介護 幸せとは 愛について 死生観 看取り 看取り士 自分とは

今日は看取り士の原先生のお家にお邪魔して、
夕ご飯までご馳走になってきた♡


嬉しいなーーー♪



なんかね、私、母に大事にされてきたのは
とてもわかってるんだけど
なんか距離を勝手に感じてしまってて。


どーにかしたくてもできなかったの。



で、今日原先生とお話しててね、
少しづつ感じてきたの。



あー、私、こーやってなんでも
話してくれる人が好きなんだって。


そしてやっぱり母ともこんな話したいなー。
でも今の私はまだできないなーって。


それでもこーやって、
話したくてしょーがなくなるタイミングとか、
話さなきゃいけないタイミングとか、
そーゆー時が必ずくるから、
その時を待てばいいんだなーってことも、
感じた。



だってこの原先生との出逢いも、
看取り士との出逢いも全て、
きっと母と話をしたいって思いがあったから、

時間をかけて繋がってきたものであるから。



で、旦那と結婚しなきゃ、
看取り士の資格をとる決心も
つかなかったわけだしね。


もー本当に全てが繋がってる。



だからさ、
繋がるまで過程の中にも、
喧嘩とか、すれ違いとか
失敗とか、反省とか、
辛かったことも色々あるけども、
ぜーーーーんぶ、こーなるために必要な
工程だったんだってなるよね。




高校の頃、
母は、色々話してくれなかったなー。

てかあたしが心閉ざしてたなー。

てか聴く耳もてなかったなー。

なんてゆーか、
母もきっと父との関係とか、
まー日頃のストレスも感じながら、
私を育ててくれたんだなー。


てか育ててくれたのかわかんないけど
母も日常の中で、毎日違う日常の中で
全てが経験で、私と過ごしていたんだなーって
感じたんだよね。



ご飯とか作ってくれてたりもしたけど、
そーゆーのなしにして、

ただ母という存在が、
いつも私の近くにあったっていう、
ただそれだけで感じてきた全てが、
今に繋がってる。


私の感性、そのもの。



中学生くらいまでの私は、
母の世界がすべてて
母を信用してた。



そして当たり前に
母の普通の世界の中で育ってきた。




母が思いつきで発してしまった言葉に
敏感に反応してしまい、


世間の普通と母のいう普通が違くて
私のその感覚はなんだ?って疑ってみたりして
なんでか自信なくなったり。



母は絶対じゃないんだ。。。
って知ってしまったり、
でも受け入れられない
何か抵抗感があったりで、
そーゆーのの積み重ねが、
愛の重さに、家族のカタチに
変わっていってしまったんだろうね。



その感覚の違いとか、
いろんなことにたいして
自分の基準で判断しきれなくて、
処理しきれなかったから。




原先生とお話していく中で、
そーやって自分の思いが整理されていく。



こんなこと、
話しちゃいけないって思いながら
生きてきて、母に話したいことを少しづつ
言葉にしていく。



こーゆー時間が私にはとてつもなく必要だから
母と穏やかに話すために、
練習の時間が必要だから
自分の心に腑に落とす時間が必要だから
原先生に出会えたんだと思えた。



訳あって旦那の親には
あまり甘えられない状況で
たぶん私寂しかったんだろうね。



神様が原先生との出会いを
用意してくださったんだろうな。



長野県の母ができた気がした(*´︶`*)♡
今の私に必要な出会い。



嬉しくて嬉しくて!(*´`*)
そんな思いを感じながら寝れる自分幸せだ。



おやすみなさい☆