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⚫⚫そのまんまのゆかの場所⚫⚫~看取り士ゆかのブログ~

●○●私の1番の理解者はいつも私自身●○●

【どーしょもない妻になろう】

すぐ責めちゃうじぶん。
なんかモヤモヤモヤモヤ。


そんな自分。
ぜーんぶ私の問題。
優しい人の中にいると自分のダメさが際立つ。


それなんかな。
もーこんな自分が出てくる時って
テンション全然上がらないときだったり。


一時期旦那に頼れてたのに、
今また頼れない時期ー。


自分が色々責めてるからなー、気分良くない。
旦那を責めながら、自分を責めてる。


疲れるーそーゆーの。本当に。
不安の根本なんてわかんないよー。


だからもー1度
自分を責めるの辞めてみよう。



そんな自分も大事な自分って、
仲良くしてあげよう。



仲良くする時は私にとって、
旦那を攻めるんじゃなくて
ただ伝えるをする時。


なんでわかってくれないの?!って
責める私じゃなくて、

もーやだよ、辛いよって
伝える私になる日。



それがひとつまた私は私自身と仲良くなって、
旦那ともまた一つ分かり合える日になる。


色々思いのうちを話して泣く日。
そして自分に優しくする日。
旦那に甘える日。



うん、そーしよう。
どーしょもない妻になろう。
それだけ。

【初めてのシェア会開催にドキドキ♡】

3月20日(月)
名古屋にて看取りについてのシェア会
開催します☆ ( *˙꒳˙* )

最近、どんな内容を
シェアしていこーかなーって
いつも考えてるんだけどー、
参加者さんは、
介護の方ももちろんいるんだけど
介護ではない方もいるのね。


で、昨日、石川深雪さんのマルメガで
介護をしていない人にとっての
介護のイメージ色は
グレーだって言ってたの。


それが一般的に言われてる
介護=3Kってやつなのかな??
違うのかなーーー。


綺麗なイメージのないグレー。
まー私はグレーって色、
私は結構好きだったりする色だけどね。


てか私、
どっぷり介護にはまっちゃってるから、
3Kって思えないんだけど。


それでね、介護って、グレーなんだー、
そんなイメージなんだなーって
感じたとともに、


看取りに関しても、
きっと大きくイメージが
違うんだろうなーって感じる。


みんなにとっての
看取りってどんなイメージなんだろう。


私にとっても看取りが日常って
わけでもないけど、
それでも看取りを何度も経験してる私と
全く経験したことない人と。


それぞれの
看取りに関する認識の違い、
思いの違い、考え方の違いを
まず知りたいなって思うんだよね。


その中で、どーしていくと、
みんなにとって、
満足いく看取りに繋がるのかなーって
考えていってみたいなって思ったり。


少なからず近しい人の死は
どんな人も必ず経験する。


その時に後悔しないよーに、
もっとこーすれば良かったとか
思わないよーに、

もちろん先はわからないし、
変わるかもしれないけど、

今考えられることを考えておくって
結構この先役立つのではないかなと思う。



考えるっていうか、
考え方を知っておくの方が近いかなー。


1度考えておけば
いくらでも応用が利くもんね。


私も、看取り士に興味をもって、
たくさん看取りのことを考えた。


死のことを怖いと思わなくなったりもした。


まだ先の話だと思ってるけど、
いつか向き合わなきゃいけない親の死もあるし
施設に入所している方の死を考えると、

もちろん寂しいって気持ちはあるけど、
それは私の感情であって、
その時大事なのは、
死を迎える本人の感情
なの。


その時に本人がどれだけ安心して
みんなに愛されてると感じて死ねるか



全てがそこ。

それがあると、綺麗に成仏できる。


地縛霊とかそーゆーの、
何かしらの思いがこの世に残ってるから
そーゆーのがあるっていう。



何も思い残すことなく
幸せに死ぬことができた時
その人は安心してあの世にいける。



そーゆーのがあるんだってさ。


それっていいよね。
難しいこと考えずに単純にさ。



そーやって幸せに死ぬために、
今をどー生きるかを考えるんだよ


人をないがしろにして生きてたら
愛してくれる人も
愛してくれなくなってしまう。


だから目の前のこと、一つ一つを
大切に感じながら、大切にしながら、
大切に思いながら、生きていくの。


ただ、それができなかった人でも、
それでも誰もが愛されていたときは必ずあって


それが産まれるまでの母の胎内の中なの。


胎内の中で、母のお腹の中で1 0ヶ月間
大切に、大切にしてもらい、
産まれてきた私たち。


私なんて愛されてないって思うんじゃなくて
私はこんなに大切に愛されてたんだって
ただただ気付くこと。


それがとても大切な気がするなー。


そんなこと、みんなで話したいなー。



ってことで、看取りのシェア会、
参加希望の方いましたら
下記にあるLINE@まで連絡ください♡


ちなみにその後で石川深雪さんの
自分を大切にする介護についてのセミナーを
聞きに行きまーす!!♡


てことで、
こちらも興味ある方は連絡くださいね♡


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お気軽に♡
ブログの感想も待ってますー!

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看取り士に出逢えたこと

今日は看取り士の原先生のお家にお邪魔して、
夕ご飯までご馳走になってきた♡


嬉しいなーーー♪



なんかね、私、母に大事にされてきたのは
とてもわかってるんだけど
なんか距離を勝手に感じてしまってて。


どーにかしたくてもできなかったの。



で、今日原先生とお話しててね、
少しづつ感じてきたの。



あー、私、こーやってなんでも
話してくれる人が好きなんだって。


そしてやっぱり母ともこんな話したいなー。
でも今の私はまだできないなーって。


それでもこーやって、
話したくてしょーがなくなるタイミングとか、
話さなきゃいけないタイミングとか、
そーゆー時が必ずくるから、
その時を待てばいいんだなーってことも、
感じた。



だってこの原先生との出逢いも、
看取り士との出逢いも全て、
きっと母と話をしたいって思いがあったから、

時間をかけて繋がってきたものであるから。



で、旦那と結婚しなきゃ、
看取り士の資格をとる決心も
つかなかったわけだしね。


もー本当に全てが繋がってる。



だからさ、
繋がるまで過程の中にも、
喧嘩とか、すれ違いとか
失敗とか、反省とか、
辛かったことも色々あるけども、
ぜーーーーんぶ、こーなるために必要な
工程だったんだってなるよね。




高校の頃、
母は、色々話してくれなかったなー。

てかあたしが心閉ざしてたなー。

てか聴く耳もてなかったなー。

なんてゆーか、
母もきっと父との関係とか、
まー日頃のストレスも感じながら、
私を育ててくれたんだなー。


てか育ててくれたのかわかんないけど
母も日常の中で、毎日違う日常の中で
全てが経験で、私と過ごしていたんだなーって
感じたんだよね。



ご飯とか作ってくれてたりもしたけど、
そーゆーのなしにして、

ただ母という存在が、
いつも私の近くにあったっていう、
ただそれだけで感じてきた全てが、
今に繋がってる。


私の感性、そのもの。



中学生くらいまでの私は、
母の世界がすべてて
母を信用してた。



そして当たり前に
母の普通の世界の中で育ってきた。




母が思いつきで発してしまった言葉に
敏感に反応してしまい、


世間の普通と母のいう普通が違くて
私のその感覚はなんだ?って疑ってみたりして
なんでか自信なくなったり。



母は絶対じゃないんだ。。。
って知ってしまったり、
でも受け入れられない
何か抵抗感があったりで、
そーゆーのの積み重ねが、
愛の重さに、家族のカタチに
変わっていってしまったんだろうね。



その感覚の違いとか、
いろんなことにたいして
自分の基準で判断しきれなくて、
処理しきれなかったから。




原先生とお話していく中で、
そーやって自分の思いが整理されていく。



こんなこと、
話しちゃいけないって思いながら
生きてきて、母に話したいことを少しづつ
言葉にしていく。



こーゆー時間が私にはとてつもなく必要だから
母と穏やかに話すために、
練習の時間が必要だから
自分の心に腑に落とす時間が必要だから
原先生に出会えたんだと思えた。



訳あって旦那の親には
あまり甘えられない状況で
たぶん私寂しかったんだろうね。



神様が原先生との出会いを
用意してくださったんだろうな。



長野県の母ができた気がした(*´︶`*)♡
今の私に必要な出会い。



嬉しくて嬉しくて!(*´`*)
そんな思いを感じながら寝れる自分幸せだ。



おやすみなさい☆

【家族という見えない愛の重さ】

愛が重すぎると罪悪感が生まれるって話。



私、全てを受け入れて欲しいくせに、
受け入れてもらえると安心するくせに
たまに、受け入れてもらえすぎてると
拒否反応示しちゃうんだよね。



居心地悪すぎてどっかに行きたくなる。
1人になりたくなる。


でも1人になりたいって言えない。

それを言うとその人を
傷付けてしまうんじゃないかと
思ってしまうから。


言えない。

むしろそーいうこと言ってしまうことにより
私自身が人を傷付けてしまった自分を
責めてしまうから言えないの。


『あーわがまま言ってしまったってね。』


まー人のせいにしちゃってれば楽だから。



母は基本的になんでも受け入れてくれる人。

言葉にはそんなに出さないんだけど、
絶対的な安心感がある人。



でもそばにいると息苦しくなるんだよね。
本当になんでかわからない。



わかんないけど、きっと母は、
母という立場から逃げたしたくなる時も、
母という立場をやりたくなくなっていた時も
母の心がどんな辛い時も、
私を受け入れようと
頑張ってくれていたからなのかな、と感じる。



そんなんだから、私は、
直感的に息苦しさを感じてしまっていた
真面目で優しい母のそばから
頑張りすぎてる母のそばから
離れるっていう選択をしたんだと思う。


家を出るっていう選択をね。



そして家を出て、親と離れるとね 、
その息苦しさから開放されるの。


そして、離れてみて感じるわけ。


母の存在そのものが
どれだけ私の支えになってるかをね。


だから常にとてつもなく感謝してるんだよね。




そして矛盾してるのかもだけど
感謝はしてるけど、離れてるからこそ
私は自由を感じて
これまで好きに生きてこれたんだよ。


見えない愛という重圧感みたいなものから
解放されて、自由にいられたの。



たまには1人暮らしっていう現状に対する
寂しさも感じてたけど
それでも楽しくてしょうがなくて。



愛が重すぎると、好きに生きることに
罪悪感を感じてしまうってことに気付いた。


その存在が近くにいればいるほど。



私のために我慢してる人がいるから、
自分も我慢しなきゃってね。



そー思う相手が、私にとっては
母であり旦那であるんだよね。



なんかたまに旦那のもとから
逃げ出したくなる時もあってさ、
愛が深くて
受け入れてもらいすぎて、逃げたくなるの。


ほんと母に感じる感情と同じ。



そーしてもらいたいって
大体のときは望んでるくせにね、
たまにとてつもなく居心地悪いときがある。



そんな時は1人で気分転換でもすればいいのにさ。できないんだよねーー。



母が私に見せてくれていた姿は
愛とは全てを受け入れてもらうことだけど
愛のために我慢をすること。
誰かのために自分を出さないこと。

と私は捉えていた。
てかまだ今もそんな感じ。


子供は親の背中を見て育つっていう。


知らないうちにこの部分が似てしまったんだね。


そして、それこそ愛だと思ってるから、
母が私にしてくれてたことを
愛してる旦那にも
同じことをしてあげたくなってしまうんだね。



でもね、自分を出さないって苦しいんだよ。
好きに生きてきた私にとって、
やりたいことを我慢する
やりたいことを制限されることは苦しいの。



それは結婚しても変わらなかった。



ていうか、誰も制限なんてかけてないのに、
旦那だって、私に制限かけてないのに、
勝手にかけられてしまってるって
捉えてしまう私の心。


きっと知らないうちに身についてしまった、
家族という愛のカタチ。


心の距離が近い人の愛。
それが私の制限の元。


私、今の旦那が彼氏のときに、
趣味に没頭しすぎる私に対して、
相手にしてくれなさすぎて寂しいって
言われたこともあるけど、
それは所詮彼氏だから
私には関係ないと思ってた。


私の好きなことを制限する権利は
彼氏にはないと思ってた。



けど、家族となると
制限が掛けられてしまうんだね、自然とね。


思い込みって難しい。


目の前の現実は私の鏡。

母も私と同じで生きずらさを感じてるのか?
旦那も私と同じで生きずらさを感じてるのか?



色々な思い込みを外すことができる
捉え方を変えることができる
看取り士養成講座で行う内観。



まだ内観を経験してないけど、
昨日あの場にいただけで何か感じた私、
何か変われる気がする。



あなたにはどんな思い込みがありますか?

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看取りについてのお茶会、満席になりました。ありがとうございました♡( *˙꒳˙* )


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【自分という鎧を解放してあげたい】

今日は看取り学中級を受けてきました。

看取り学中級は柴田先生のお話で、
とてもいい話だったんですが、
その後のお茶会がさらに素敵でした。


柴田久美子さんや他の看取り士さん、
受講生のみなさんと1階のカフェでお茶会。


みんなどんどん泣いていく。
柴田久美子さんと話すと泣いていく。
看取り士さんと話すと泣いていく。

私もその1人。


私もたくさん向き合ってきたけど、
やっぱり指摘されたくないところもあるし、
気付きたくないところもある。
てか気付いてても
向き合いたくないところがある


そーゆーところ。
暴かれるの怖い、
てかむしろすでに見抜かれているんだけど。


あの輪の中で声をあげると、
その向き合いたくないところに
触れられてしまうのが怖いんだよね。


でも声を出してみた。
話の流れも色々あったけど、


『私わがままで。』って言った。


そこである看取り士さんは

『でも、抑えてるでしょ。』って言ってきた。


そう、抑えてるの。
やっぱり周りを気にすると抑えてしまう。


周りの目


大きな壁だと思った。


そこで内容は覚えてないんだけど、
話してるうちに涙出てきたの。



そしたら看取り士さんがね

『辛かったねー、もう大丈夫だよ』って言ってくれた。


今思うと、その言葉、ほんとは
私が私に一番かけてあげたかった言葉
なんだよね、きっと。


それから涙が止まらなかった。


きっと看取り士養成講座を受けると
そーゆーの、
全部とれるから大丈夫って言ってくれた。
なくなるよって。


前から同じよーなこと言われてきたけど
なんか今までで一番心に入ってきた。



まだまだ素直に受け取りきれない自分がいて、
自分の事なのに、
傍観者っていうか、当事者意識がなくて、
他人のことなら泣けるのに、
自分のことに素直になりきれない自分を
見つけてしまった。



そしてそれは、
自分にとって一番向き合いたくないところ



でもね、わかんないけど、
看取り士さんがハグしてくれたら
涙が出てきてさ、

『全然泣いていいんだよ。
我慢なんてしなくていいんだから。』

って言ってくれて。
頭まで撫でてくれてさらに泣いて。



少し心が軽くなって。


その後に、柴田久美子さんにも
ハグして頂いて。


また涙がでてきちゃった。


解散して車に戻ってみたら、
また涙が出てきて止まらなくて。



受け入れるって、
まだまだ浅すぎる理解だけど、
なんかきっとこーゆーことなんだって
ほんと少し腑に落ちた。



ハグしてもらう。頭撫でてもらう。



そーするとなんだかわかんないけど

気持ちがね、
自分っていう鎧がね、少しづつ剥がれてくの。


弱くなっていく。



怖いけど、でも
ここのみんながいれば大丈夫な気がした。



ブログではこーやって書けてるけど
まだまだ全然、
こんな風になり切れていない自分もいて、
たまに責めてしまって辛くなる自分もいるけど




でもこの看取りっていうご縁で
繋がった仲間がいれば
絶対大丈夫だって思ったよ。



もー少し自分に優しく、周りに優しく。
目の前の現実は自分の鏡。



ほんとにほんとに幸せな時間でした。
ありがとうございました。


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名古屋で3月20日に看取りについての
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【腑に落ちる】

自分を大切にするシリーズ第3弾
【腑に落ちる】

母親存在っていう
絶対的な安心感に気付くことで学んだこと(^ω^)



看取り学を学んでると、
あと自分を深く知っていくと

【腑に落とす】ってことが
とても大切なんじゃないかって思うんだよね。


腑に落ちると自分のモノになる。



不安や心配とか、
とりあえずワサワサしたままやってみる。

それが腑に落ちるか落ちないか。

腑に落ちるまでやりたいと思うか思わないか。



やったからこそ気付ける感覚。
あっこれは自分に合ってる。合ってないって。


なんとなく直感的にね。



ただ腑に落ちるって
すごい気持ちいいなって思うのー。


最近やった一日胎内内観でも
腑に落ちた瞬間を感じたとき、
心地よすぎて、やばかった!!


一番気持ちよかったのは

母親の存在が当たり前だったって
気付いた時。



今までね生きてきた中でね、
母親って私にとっていて当たり前なの。



当たり前にいすぎて、
一緒にいすぎて
時に怒られたりイライラしたり
一緒に痛くないって思う時も
色んな感情はあっただろうけど


親が色々言ってくることから
めんどくさいー!って逃れたくて
実家を出てきたりもしたけど
根本に母親は
私が何もしても絶対味方でいてくれるっていう
絶対的な安心感があるからできるんだ

ってことに気付いたんだよね。



もしかしたら他の人に言わせれば
そんなの当たり前すぎることなのかもだけど、
私には新しい感覚で、
ありがたすぎるって感じたんだよね。



母親の存在そのものが私の安心そのもの。
母親の存在が私の安心感っていう感覚の本質なんだってね。




とてもとても気持ちよかった。



今までもさ、まじで感謝はしてたのよ。

結婚式のときに読む母への手紙を
カフェで泣きながら
書いてたりもしたけどさ。

母の支えがあったから今があると思ってた。

いつもそばにいてくれてありがとうって思ってた。



でもそんな軽いものじゃないんだよー。
本当にね。


まー軽くてもいいんだけど、
安心感の深さってかなりあたたかいんだよー。



子供のいる母親なら
そーゆー気持ちわかるのかな?
まだいないから私にはわからないけど、
母親を心から感謝したよ。

ていうか、一日胎内内観をしたときよりも、
今の方がより深く腑に落ちてくる感じ。


たまらないねーーー♡



その安心感っていう感覚そのものは
実際に味わって見なきゃわからないし、
その安心感を味わわせてくれる
誰かがいなきゃできない事なんだよね。


それが母親の胎内であり、用水のなかで
大事に大事に10ヶ月間してもらった
感覚なのかなー?


なんかそんな気がしてきたー!


安心感ちょーーだいっ!!!!って
母親に頼んで感じられるものでもないからね


それは私の感覚そのものなんだよね。


その感覚に気付けるが気付けないか。


それを気付けた自分
その心地よさに気づけた自分!


最高に恵まれてるって思ったよ。



でもこの世に生きてる人は誰もが
母親の胎内を経験してるんだもんね。


みんながこの感覚を味わえたら
本当に幸せな気がするー!!!!



みなさんの安心感ってなんですか?
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【自分を大切にするって何??第2弾♡】

自分を大切にするシリーズ第2弾♡


前回の続き。


何がちょっと負担に感じて、
何が負担に感じずにできて、
何をしてくれたら嬉しくて、
何をしたくないかとか。

後で伝えるじゃなくて、
感じたその時に
感じたまま伝えるってことを始めた



大げさでも、遠慮をするでもなく、
ただありのままを伝えること。
表現すること。


それが俗に言う
《ありのままの自分を大切にする》
ってことだよね。



でありがちなのは、
私という人物はいったい

何が好きで、何が嫌いで、
何をしたくて、何をしたくなくて
何が嬉しくて、何が嫌で!!!
何が心地よくて、何が心地悪くて。。


みたいなことを
今すぐ考えてリストアップしようとすること。


もちろん行動に移すことは
素晴らしいことだし
やらないよりもやった方がいいことは
もちろんなんだけどね。



頑張っちゃう人って、
今考えても思い浮かばない自分に対し、


やばい!
何も浮かんでこないよー。
自分の事なのに何もわかってないじゃん。。
今までも自分なりに自分のこと
分かっていてあげたつもりなのに。。
私っていったいどうしたいんだろう。。


って攻めちゃうんだよねー。


これ、まさに私。(笑)




でね、自分の体験談の反省を含めてだけど、
ここでの大事なことは

この行動の根本は自分らしさを探したくて、
悩みを解決したくて行動しる

っていうことを常に頭に入れておくこと。



ここで、ありのままの自分が何かを、
リストアップができない自分に対して悩んで、
浮かんでこない自分に対して、
なんで自分はこんなんなんだって責めたりして
さらに悩みを増やしてたら元も子もないわけ。



だからこそ、ここで大切なのは、
まずはそーゆー段階に自分が立っている
ってことを理解して受け入れることが大事

なんだよね。



そして、
その事実を受け入れた上で、
自分はどうしたいか考える。



そこで私は、伝えるってことを始めたの。

一番わかって欲しいって思う旦那にね。

あと、自分の考えをまとめるために
このブログを始めてみたよ。



やってみてだけど、
それが究極に自分を大切にすることに
繋がるんだってわかったんだ。



やっぱり人間ってさ、ってかまず私はだけど、
自分が感じることに対して共感してほしいもんね。


『わかるよ、理解してるよ、受け入れるよ』ってね。


で、それをまずは自分自身でやってあげるの。
旦那や親や他人にわかってもらうのもいいけど、
まずは自分で自分をわかってあげること。


無理しちゃってるってことは
自分の声を無視してるってことだから。
疲れちゃったから誰か手伝って!
って周りに求めることもとても大事だけど
まずは自分で疲れをとるための手段を考えるんだよね。


ここで簡単な解決方法だと、寝るってこと。
で寝てる間にできないことに関して、
例えば掃除とかご飯作るのとか
そーゆーのを、誰かにお願いするの。


なんで疲れてるのに、察してくれないの?
って勝手にイライラするんじゃなくて
自分は疲れてて寝たいから、その間にこれとこれをやってもらえないかな?って頼んでみるの。


最初は
なんでだよ、俺だって疲れてるのに。
ってなるかもしれない。


けど、これこそが助け合いなんだって
お互いに腑に落ちた時
そーゆー感情が急に減ってくるから、大丈夫。



ここでしたいのは、ケンカじゃなくて、
疲れてる自分をわかってもらいたいってことと
寝てる間に自分ができなくて心配なことを
やってもらいたいってことだからね。


だから、イライラしないよーにするには
どーすれば良いかを考えるんだよね。


イライラのキッカケは誰かのせいかもしれない。
でもイライラしてしまう根本は自分の心の問題。


そー思って、自分の感情を理解して、整理して
解決するために行動するってこと。



家でゴロゴロしてる旦那に対して、いらつく!
私はこんなに忙しく
家事も洗濯も頑張ってしてるのに!!

って思ってる人。


本当はダラダラしたいんでしょ?
だからダラダラしてる旦那にイライラしちゃうんだよね。


そしたらなんでそんなに頑張るの?
旦那に嫌われるのが怖いの?
旦那にもっとちゃんとやれって言われるのが嫌なの?
頑張ってないと自分らしくないから?
それとも綺麗なお家じゃないと、ご飯も完璧じゃないと、自分が心地よくないから?


なんでそーなのか、自分で考えてみて。
それが自分と向き合うってこと。
大切にするってこと。


なんでそんな風に自分は感じちゃうんだろうっていう、自分の心の仕組みを理解する。



そーやって大切にしていくと

仕事もあるし、家事もあるし、家族もいるし
無理しちゃって当たり前っていう現実
自分自身が勝手に作り上げた世界なんだって
気付けるよーになるよ。



そして、
仕事しても、家事をしてても、家族いてても
ぜーんぜん無理しなくて当たり前
自分らしくいて当たり前っていう現実の世界も
創りあげることが出来るんだってことにも
気付けるよーになる。



どっちを選択するかは自分次第。
私は自分らしくいるのが当たり前
自分の感情を大切にしたいっていうことを
選択してみた。


そしたら意外と大丈夫で、
とても楽しくて、こーやってたくさん
ワクワクできるよーになったんだ(^ω^)


まだまだ発展途上だけどね。


次はまた
自分を大切にするシリーズ第3弾
書きますねん☆


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